2012年02月01日

エナン引退一年後

 エナンの引退から1年が経つ。1月26日。日本で私がヤホースポーツでそれを知ったのが27日木曜日の朝。女子セミファイナル当日だった。


 2012年オーストラリアン・オープンはアザレンカの初優勝で終わった。またエナンと対戦したことのない選手がグランドスラムを獲った。昨年のローランギャロスのリ・ナ、ウインブルドンのクビトバと、わずか1年で3人目である。昨年エナンを破ったクズは4回戦で敗れ、ダブルスでは優勝した。

 エナンと同世代の選手たちが第一線から消えていく。キムはセミまで残り、アザレンカ戦の第1セットを見たが、とてもいい動きをしていた。キムのポイントにはアザレンカよりはるかに大きな拍手が送られていて、何だろう? と思っていたが、キムが今年で引退を表明しているのをスタンドの人たちは知っていたのだ。キムがコートを去った後、盛大な拍手が沸いたそうだ。
 WOWOWのインタビューで、キムは「キャリアを最高の形で終えられるように考えている」と答えていた。
最高の形で引退する。どんな形が最高かわからないが、そんなふうに言える選手は幸せだ。エナンはウインブルドンの夢を残したまま引退しなければならなかった。どれほど無念であったか。多くの選手が怪我をきっかけに引退に至る。自分の意志で引退時期を決められる選手は、それだけで幸せかもしれない。


 エナンがいなくなって、私は誰かの熱烈ファンであることをやめ、フツーのテニスファンになった。グランドスラムはファイナルは土日だし、見ようかなっという程度。今回のAOは昼間のせいもあって、家にいる間はちらちらとWOWOWを見た。ニシコリの試合は半分ほど見た。しかしフェデラーとナダルのセミは見逃した。まさか女子セミファイナルと同じ日にやるなんて思いもしなかった


 エナンロス症候群は、ほぼ消えている。それが疼くのは、セレナやキム、エナンのライバルたちが活躍するのを見る時だけだ。だから今回もキムの連覇は見たくなかった。アザレンカが勝ったと知って、ホッとしたのである。キムが今年引退し、ウイリアムズ姉妹も遠からず引退するであろう。その時、私のエナンロス症候群は解消する。何のわだかまりもなく、また違う目で女子テニスを楽しむようになるかもしれない。


 エナンのキャリアを振り返ることをしていない。震災で強制終了のように終わったエナンロス症候群。それからエナンのニュースをブログにアップすることも、ニュースをこまめにチェックすることもなくなった。そもそもニュースらしいニュースがない。アカデミーのピーアールで中国に行ったこととかユニセフの活動とか。何をしているのだろう、エナンは。何者になったのだろう。元世界ナンバー1という肩書きのほか、今どんな肩書きがあるのだろう。


 エナンが私に残したもの。いろいろあるけれど、一番は今、私自身が夢中でテニスをしていることだろう。エナンの最初の引退直後、ひょんなきっかけから私はテニスを始めた。3年以上が経つが、テニスは難しい。なかなか上手くならない。ゲーム中、エナンを思い出すことがある。ここはビビらずバシッとな! と思い切りサーブを打ってダブルフォルトする・・・。バックハンドは頑なに片手で通しているが、仲間は呆れている。でも私はいつか片手バックのトップスピンを打てるようになりたい。何年かかってもいい。エナンは私に、そんなささやかな夢を残した。


 

posted by ochappa at 01:28| Comment(4) | 傷心日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月08日

2011フレンチ終わる

女子はリー・ナの初優勝、男子はナダルのV6で幕を閉じた。

WOWOWをたまにつけて見た。観た試合は、
男子、ニシコリの1回戦半分と、2回戦の終盤。セミのナダル対マレー第1セット。フェデラー対ジョコビッチ、第4セット途中まで。ぜんぶ観たのは決勝のみ。
女子は、伊達対ウオズニアッキを録画で。ライブで観たのはシャラポア対リー・ナの第2セット。ぜんぶ観たのは決勝のみ。
クズ対バルトリの録画があるので、暇があったら観るかな。

男子は大いに盛り上がった大会だったと思う。その熱気は感じるものの、やはり以前のようにWOWOWつけっぱなし、夜になったら観っぱなしということにはならなかった。案外というか、予想通りというか、セミまでろくに観なかった。決勝戦は女子も男子もけっこう面白かった。女子はストレートセットとはいえ、けっこう競ったゲームだったし、男子は黄金カードでしびれた。フェデラーがとてもかっこよくて、私はやはりフェデラーが好きなのだな。
WOWOWに加入にしていないテニス仲間のために、フェデラーの試合だけはマメに録画していた。
夜は寝る時間になったら、せっせと寝た。フェデラー対ジョコの試合だけは、翌日が土曜ということで深夜まで観ていたが、第4セット途中、4時だあ〜、で眠くて寝た。エナンの試合の時は、何時になろうと、寝るなんてあり得なかった。今年はWOWOWのオープニングテーマを聞くこともなかった。
と、いかにフレンチを気にしていなかったかという事実を羅列してみたが、結果だけはヤホーでちゃんとチェックしていた。
女子のほうは、2回戦でキムが負けて、正直ホッとした。ちいせえ人間だ。

エナンロス症候群を脱しているとはいえ、フレンチともなれば、寂しさがぶり返す。テレビに映るアンツーカーのオレンジがかった赤が目に痛い。ポーンと空に響く打球音は美しく、昔の流行った歌のように心を打つ。これにどっぷり浸かっていたんだよなあ。私もテレビのこっち側の観客席に座っていたんだよなあ。WOWOWのコメンテーターの話すことにまでチェック入れていたんだよなあ。ある意味、当事者だったのだと思う。私も引退しちゃったってことかな。テニス観戦者から。

女子の優勝者がリー・ナであることが、なにか感慨深い。エナンと対戦したことのない選手が、グランドスラムを取ったということが。リー・ナはエナンと同い年だし、過去何度か同じドロウに入っているのだが、残念ながら対戦することはなかった。エナンの球を一度も受けたことのない選手がフレンチを獲る。これはスキアボーネが優勝した去年とはまた違った種類のショックだ。
リー・ナはいい選手だと思う。2004年頃に初めて見た時、かっこいいフォアを打つ選手だと思った。エナンのように、体の軸で回転して打つフォームだったのだ。運動神経もかなりいいやと思って、その時からエナンとの対戦を楽しみにしていたものだ。それから着実に上がってきたのに、膝の怪我でかなり長期、離脱していたと思う。その後にも怪我があったと思う。エナンが一度目の引退をした後あたりから、また名前を聞くようになった。その頃に見た時は、プレイが型にはまりすぎていて、つまらないテニスになっていた。2010年オーストラリアン・オープンでは、セミでセレナと対戦。76,76で敗れた。競ってはいるが、セレナに勝てるプレイじゃないと思ったものだ。このフレンチ、セミのシャラポア戦で見たリー・ナのプレイは大胆になっていた。フォアが強烈になっていた。これが勝因だろう。それにしても、スライドフットワークを使わない選手がフレンチを獲ったことも、ある意味、ショックだ。

フレンチの2週間、ふとエナンのビデオを見ようかと思ったことが何度かあった。しかし見なかった。エナンが引退してから、驚くことに、一度もビデオを見返していない。なんとなく成り行きでYou TUBEでエナンの試合を細切れで見たことはある。テレビの前にどっかと座って、エナンの試合をどっぷり見る気分にはいまだになれないということだ。震災の影響はもちろんある。見なければ見ないで済むという「実績」を作りたかったこともある。エナンのいないグランドスラムをひとつやり過ごしたことで、私のエナンロス症候群からの回復は、また一歩前進したと思う。こうして脱・エナンロスへの道は続く。

今回のフレンチでは、キムが優勝するのだけは嫌だった。こんなヤワなフィールドでシャラポアがキャリア・グランドスラムを達成するのはどうよ、とも思った。エナンと戦ったライバルたちに、エナンよりグレイトになってほしくないという嫉妬心。別にキムやシャラポアがキャリア・グランドスラムを達成したところで、エナンの実績に傷がつくわけではないし、私自身にとっては何の関係もないことなのに。ファンとは悲しい生き物だ。こんなものがあるうちは、エナンロスから抜けていないということだろう。
今はもう、エナンロス症候群から早く抜けたいとも抜けたくないとも思わない。時の流れるままに任せる。このまま時が過ぎて、気がつけばエナンのビデオに埃が積もっていた・・・頃に、私はまたエナンのビデオを見るのかもしれない。
posted by ochappa at 01:13| Comment(0) | 傷心日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月22日

2011/5/22Sun

 フレンチが始まった。今日は夕飯時にニシコリの試合をやっていたので、少し見た。ニシコリが勝ってテレビを消した。たぶん、伊達対ウオズニアッキの試合は見るだろう。あとは男子のフェデラーの試合を録画する。男子のクオーターあたりから見るつもり。
 ドロウは見た。女子のドロウで驚いたのは、シャラポアがいつの間にか7位に返っていることと、もっと驚いたのは、その初戦の相手がルーマニアのルチッチであることだった。ルチッチはたしかエナンと同い年だ。1999年ウインブルドン、グラフが最後に勝った相手がルチッチだった。その後、活躍するかに思えた選手だが、理由はよく知らないが、表舞台から消えた。それでも復活してきたのにはドキッチ同様、そこまで踏ん張れる理由は何だろうと思わされた。

 エナンが引退して何が寂しいかと言ったら、グランドスラムが楽しめないことだ。これまでグランドスラムを迎えるたびに心浮かれた。特にレッドクレーシーズンからウインブルドンにかけての2か月は、私にとって一年で最高に楽しい季節だった。中でも、期待だけしていればいい五月は心浮かれた。
 グランドスラム。何と心躍る響き。ネットのtennisforumを開けるたび、世界中のテニスファンも浮かれていて、それがまた楽しさに輪をかけた。今は懐かしさとともに寂しさを感じるのを禁じ得ない。
 3・11の震災で、エナンロス症候群は思わぬ形で消えた。こんな形で、まるでショック療法-----、エナンロス症候群から脱してしまったのは、なんとなく不本意である。今日はグランドスラムを迎えて、こうして寂しさを感じる。それだけショックが落ち着いている証拠でもある。震災に続く原発事故はいまだ予断を許さない状況ながら。
 毎日オーダー・オブ・プレイの発表と、それに続くWOWOWの放送予定の発表が待ち遠しかった。第4試合に組まれ日には、その前の試合を早く終われと願い、男子の試合で5セッターにもつれた時には、誰であろうとその選手を呪った。昨年の3回戦シャラポア戦は第4試合だったか。深夜2時、3時の丑三つ時、仮眠しようにもできず、ビールを飲みながら待ち続け、始まれば始まったでドキドキの緊張感を和らげるためにビールを口にし、気がつけば明け方。翌日の仕事はどうなっていたのか。グランドスラムの2週間は、生活も仕事もエナンの試合時間に合わせて調整した。ほかの大会でもエナンの試合にはライブスコアやライブスコアで追って、それが夜明けに及ぶことはあったが、その期待と興奮は日常生活の下に押し隠しておいた。そうでないと、まともな生活ができないと思っていたからだ。しかしグランドスラムの時期だけは、まるで現地にいるかのようにテニス優先だった。「大事な試合があるんで」と他の人には理解できない口実で、仕事を切り上げ、夜飲みに行くこともなかった。
 懐かしい。もう、こんなふうにグランドスラムを見ることはないだろう。今はエナンの残照がまだキツくて、辛くて、あまり見られない。ウイリアムズ姉妹とキム、エナンのライバルたちが引退したら、この気分も変わるかもしれないけれど。ウイリアムズ姉妹とエナンとキム。この4人がしのぎを削った時代、それは実はほんのわずかな時代なのだけれど、輝かしい時代だった。この4人の中で、まさかエナンが一番早くいなくなってしまうなんて、思いもしなかった。ウイリアムズ姉妹とキムが引退するまで、私はWTAを何の屈託も偏見もなく見ることはできないだろう。今の選手がぜんぶ大したことなく見えてしまう。
 グランドスラム。エナンのいた時代。私にとっては約十年。人生の中で短くはない。でも長くもなかった。グランドスラム、この心躍る響きは、私の2000年代に封印されるのだろうか。
posted by ochappa at 23:51| Comment(3) | 傷心日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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